高尾宗教講座・講義録　　　　　
　05年 3月3日　 　　　　（　3月17日の講義録　）　　　　 　　　
　　　宗教の整理棚 　　　　　　講師 ： 鮎登幸祐氏
宗教を考える時にはいろいろな視点が入ってくるので、整理して考えないと分かりづらい。
こうしたいろいろな視点を大雑把に見た時、「理念」と「現象」に分けることができる。
宗教
 理念 創始者・・・イエス・パウロ (キリスト教の場合)
教団・・・常に創始者に戻って検討されなくてはならない
主張・・・教団がその信仰について持つ理念　 神学（キリスト教）
教学（仏教）
思想（外部の人にとっては思想という扱いになる。例えばキリスト教徒でない者にとっては信仰ではなく思想ということになる）
現象 例えばオウム真理教が起こした事件のように社会問題という形になって出てくることもある。


　理念と神学

主張としての神学は、第三者から見ると教団が言っていることとは違ったものであることもある。

教団が言う神学→分かりづらい

民衆が信じる理念→シンプル
　　　　　　↑
これが社会的な力を生み出す
　　　　　　↑
　　　　　現象

第三者から「キリスト教はこういうもの」と言われると、信者は「いや、そうではない」と言う。これはどの宗教でもそうである。
　
社会的現象として起こることは必ずしも理念から説明できるわけではない。　
思想と現象の両方をうまく押さえていく視点で宗教を説明したのはM.ウェーバー。

質問：民衆が信じる理念が社会的な力を生み出すという時の社会的な力とは？
答え：宗教が歴史のファクターとなる場合、例えば、この国はプロテスタント、あちらはカトリックという時に、社会的に結果が出てくるような社会を動かす力である。

これって宗教？
宗教を定義するのは難しいが、「これは宗教？」と考えるのは難しいことではない。

意見：しかし、最近は「これは宗教かどうか？」と判断に迷うものもある。例えば、ニューエイジは教団もないし、創始者もいない。スピリチュアル系ではあるがバラバラでよく分からない｡これからは宗教と思想の境界がはっきりしない宗教が多くなるのでは？

高尾：19世紀は歴史の世紀と言われた。宗教もキリスト教、ユダヤ教だけでないことも分かってきた｡かつては「悪魔の教え」などと言われてきたものもだんだんと宗教として知られるようになってきた。また、アメリカで起こってきたニューエイジ運動によって今までとんでもない迷信だと思われていたことも注目されるようになってきた。
宗教とは・・・ということをあえて言うなら、存在しているものの彼方や根底に何かあると感じる心や考え方の傾きということであろう。

鮎登：リルケの思想にはかなり宗教的なところがあるが、こういうものをリルケの宗教とは言わない。そのように考えてみると、「宗教とは複数の人間に担われるもの」ということになろうか。

　

（以上、3/3講義前半）

　　イスラームの国家論
イスラームにおいては国家ということについてあまり聞かれない。（『イスラーム辞典』には「国家」という項目がない。）
これもイスラームが分かりづらい原因であろう。

イスラームの国家観

ワタン（watan） ＝

 古典では「出身地・居住地」の意



19世紀以降に西欧ナショナリズムに刺戟されて、特定の国家の領土の意に用いられ始めた。
19世紀後半から「ワタンの愛は信仰の一部」と語られ始める｡
オスマン帝国では、その版図をワタンと呼ぶようになった｡

元々は「故郷・郷土」を意味する言葉だった「ワタン」だが、世俗的ナショナリズムの用語になってしまった｡
西欧の国々が国家（state）という意識を持つようになったのは30年戦争後のウェストファリア条約以後のことらしい。

ワタニア（watania）＝国民

ナショナリズムの意味になる｡

ダウラ（daula）＝本来「循環・交換するもの」の意。

イスラームの法概念には近代欧米の「国家」概念はないが、ダウラ（daula）がそれに用いられる。
中世アラビア語では「王朝」の意。「王朝」というものは常に「循環・交換するもの」であるという感覚があったからだろう。

イスラーム法には「法人」概念もない。「法人」とは法律上の人格（Legal person）である。 「法人」はヨーロッパにおいても新しい概念であった。

国家に馴致された「国民」概念
出生・死亡・婚姻・居住・職業・年収・生活のすべてが国家の管理下に置かれる｡
現代のイスラーム「王国」もこれに追随している。


クニの本来の意味

クニとは・・・
●イスラームの言葉ワタンでいえば、「故郷・郷土」という意味だった｡
●中世朝鮮語「クンヌ」は「故郷・生まれたところ」という意味。

「国家」という言葉
日本語の国家という言葉は「国」と「家」をくっつけて出来上がっている。

 「国」＝特定の領域の権力構造
「家」＝血縁共同体・ファミリー

「国」と「家」は簡単に一つにならないものであるのに、これを無理にくっつけている。
天皇は国のお父さん、国民は天皇の赤子というような捉え方になっていく。
郷土愛は祖国愛になり、郷土から出て行った兵隊の忠魂碑が建てられたりする。
郷土愛が強い地域であればあるだけ、国家に完全に吸い上げられていく。

吉本隆明は、日本語の「国家」は欺瞞的だと指摘している。


イスラーム世界の植民地化

イスラーム世界にとって「近代」とは、西欧による植民地化の時代であった｡

トルコ
オスマン帝国は1683年〜1699年、神聖ローマ帝国の首都ウィーンを包囲したが、カルロヴィッツ条約で多くの地域を失う｡

東南アジア
10世紀以来イスラーム化していたが、

1571年　マニラがスペインに占領される。
1600年　イギリスが東インド会社を設立。オランダ・フランス・デンマークも東インド会社を設立。
1791年　イギリスがペナン島を占領
1824年　イギリスはマラッカとシンガポールを獲得
1707年　ムガール帝国（インド）が弱体化するとイギリスはプラッシーの戦いでフランスに勝ち、ベンガル地方を植民地化。
1775年〜1818年　イギリスはマラータ戦争によってパンジャップを支配下にする。
1857年　イギリスはムガール皇帝を廃位し、インド全体を植民地化。


ロシア

1552年、ロシアのイワン大帝はカザン・ハーン国を滅ぼし、中央アジアの諸ハーン国を支配。
19世紀　カフカース地域を征服
1887年　ダゲスタンを征服


アフリカ北部

1789年　ナポレオンはエジプトを占領
1882年 イギリスはエジプトを植民地に。
1880年　フランスはアルジェリアを占領。チュニジア、モロッコを植民地化。

20世紀初頭には、オスマン朝、イランのカージャール朝、サウジアラビアのみが独立を保っていた｡

　

植民地の西欧的内面化

1832年、アルジェリアでは最大のカシュターワ・モスクを教会に転用。立てこもったムスリム4000人を焚殺。遺児たちは教会に奪われた。これはフランスが国家をあげてイスラムをつぶした事件である。1830年に105あったモスクは1962年の独立時にはたったの8になっていた。

西欧の「オリエンタリズム」とは植民地化のことだったとサイード（学者）は言う。
植民地行政官・宣教師・教師らはイスラームの無化を進めた。

ある観点からいうと、イスラムには未だに「ヨーロッパ的国家概念」というものがない。

（以上、3/3講義後半）





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　05年 3月17日　
イスラームとの共生のために
自己絶対化の克服

諸宗教の自己反省として、まずキリスト教が自己絶対化を克服する実践を始めねばならない。

イスラームの人々はヨーロッパ人の植民地主義によって誇りを砕かれ搾取されてきた。その恨みは我々には想像もつかないくらい深いものであり、簡単に克服できるものではない｡ヨーロッパ人にはイスラーム蔑視が多々見られるが、蔑視される側からすればそれは心に突き刺さるものだろう。

●憐れみをもって見てやるという発想ではダメ
●悔い改めがなくてはダメ

ヨーロッパ近代以来の啓蒙主義の伝統をまず自らに向けながら、
聖書についての歴史的・批判的研究の進展
キリスト教の自己批判的・自己相対化
が必要。


啓蒙主義の伝統／アメリカ独立宣言

アメリカの大衆を見ると啓蒙主義の伝統は薄れてきているようである｡
アメリカ人に「独立宣言書」を、それが「独立宣言書」であるということを伏せて読ませてみると「これ、共産主義者が書いたのか？」と言う。

アメリカ独立宣言　The Declaration of Independence　(一部抜粋)

　われらは、自明の真理としてすべての人間は平等につくられ、造物主によって一定の譲り渡すことのできない権利を与えられていること、これらの権利のうちには生命・自由、および幸福の追求が含まれていることを信ずる。また、これらの権利を確保するために、人間の間に政府が組織されたこと、そしてこれらの政府の正当な権力は統治されるものの同意に由来するものであることを信ずる。そしていかなる形態の政府であっても、これらの目的を毀損するものとなった場合には、人民はそれを改廃し、彼らの安全と幸福とをもっともよくもたらすと認められる主義を基礎とし、また権限の機構を持つ新しい政府を組織する権利を有することを信ずる。


We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness. --That to secure these rights, Governments are instituted among Men, deriving their just powers from the consent of the governed, --That whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its foundation on such principles and organizing its powers in such form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness.

「建国の精神」などと言いながら、いかにアメリカ人が「独立宣言書」を読んでいないことか！
アメリカは宗教的にいっても、もうキリスト教だけではくくれない｡もしかするとイスラムの人口の方が多いかもしれない。


多元主義の進展

中国も宗教的多元主義を伝統とする代表として、宗教の重要性を認識しつつ、それを絶対化しない道を実践してほしい。
中国では宗教に関してかつてよりも寛大になっている｡しかし指導者たちに宗教の問題はどうするのかについての真の能力があるかどうかは疑問である。


日本の問題
「多神教的な」日本も、安易な宗教性ではなく、近代以来の学問的誠実さを追求しつつ、独自の歴史を深く反省するならば、この面でも貢献度は高いはず。
「国土・郷土」と「国家」はどうつながり、どう断絶するのか。そこのところをよく考えなくてはいけない。
宗教学という観点からいうと、ヨーロッパ啓蒙主義から出てきた宗教批判は大変緻密なものであるが、日本における宗教研究は神々の系譜を追うのが主流であって、批判的視点は持っていない。民衆の側から出てきた宗教は一貫して弾圧されてきたが、こうした民衆的、反権力的な宗教の発掘は等閑に付されているし、NHKも民放もほとんど採りあげることはない。

意見：「多神教的日本」という言い方より「多重宗教的日本」と言った方がいいのではないか。いろいろな宗教を単に自分の道具とするだけのことだから。
日本らしさというのは、「言葉で言わない」「本質を問わない」ということ。
思想についても、日本は以前の思想を批判してそれを乗り超えて次の思想を・・・というのではなく、以前の思想を忘れて次が出てくるということになる。
我々は聖書的にいえば異邦人なのである。聖書の中にも「異邦人」という言い方が出てくるが、我々はその「異邦人」よりももっと外にいる異邦人である。聖書が「全人類を救う」といっても、我々はその全人類には入っていない｡

　

国家の自己絶対化に陥らぬこと

国家とは何かを深く考え、自己批判の精神を深めること。その点では現在の日本の状況は危険。
15年戦争の深い反省を軸に、どういう国造りを目指すのかの真摯な探求が大事である。
日の丸・君が代の法制化→学校や自治体などでの強制の方向は危険。
1930年から始まった中国に対する日本の干渉というような歴史的事実を放ったままにして、インターナショナルなどということはいえないはず。こんなものがなぜ民主主義なのか。
日本の政治史における天皇一元論的流れの批判的検証が不可欠。
万世一系論の批判は重要な課題であり、底の深い歴史研究が重要。
深い「学び」を欠いた経済的発展だけでは文化は育たない。

そういう観点から見ても、現在のアメリカの方向は憂慮すべきだ。「政教分離」を世界で初めてその憲法で確認した国が、現在きわめて危うい方向にあることの世界史的意味、アメリカの単独支配的方向の危険性についてもよく考えてみなくてはならない。

EUへのトルコの加盟のもつ世界史的意味。
キリスト教によるヨーロッパの統一というところから「EUにトルコを入れたらヨーロッパは終わりだ」という考え方もある。


パレスチナ問題の真の解決の重要性

欧米のイスラエル支持の根本的見直しが必要。
共生していくためには、イスラエル国家の成り立ちをよく勉強するべきである。
パレスチナ（イスラム）の側から見れば、自分たちの同意を得ないまま国（イスラエル）をつくったということになる。
イスラーム世界とイスラエルへの「二重基準」的対応が多くの危機の根源になっている。
イスラーム過激派への懸念が先行していて、パレスチナ問題の重要性から目を離すことはきわめて危険。
この問題の解決なしには、「イスラーム過激派・原理主義」への批判は、深い根を育てることはできないであろう。



幅広い、そして深い学びの必要

多角的・多元的思索がたえず促されるような学びの場と機会を、学校教育の枠を超えて広げることが重要。
プラトンの『国家論』の洞察を忘れてはならない。

古典を学ぶことや諸科学、とりわけ深い歴史学と自然科学の重要性と限界についての深い議論が重要であろう｡
本来の深いscientia の育成が不可欠である。
　　　　　　scientia ＝サイエンス＝学ぶこと、知ること

（以上、3/17講義）





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